【第11話】 風邪・インフルエンザの漢方薬

院長の論文が、1928年創刊の名門誌「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」4月号に掲載されました。
「JOHNS」と並んで双璧とされる臨床に役立つ人気雑誌の原稿依頼が舞い込んだので、開院直後の大忙しの時期でしたが、睡眠時間を削って渾身の執筆をしました。

最新の漢方治療の特集が組まれ、如何にして漢方に不慣れな耳鼻咽喉科医に、有益な情報を提供できるかが焦点です。私に与えられたテーマは「上気道炎・インフルエンザ」でした。他に、「難聴・耳鳴」の項目を大御所・神崎晶先生(慶応大学前教授)が、「アレルギー性鼻炎」の項目を博学で聡明な市村恵一教授(自治医科大学)が担当され、私の過去の論文を参考文献として挙げて頂きました。他には「めまい」「副鼻腔炎」「咽喉頭異常感症」の項目があり、私と懇意にして下さっている先生方が執筆されていました。

 

あくまで、医師向けの内容ですが、一部抜粋して掲載致します。

 

【はじめに】

耳鼻咽喉科医の中には、外科志向派(頭頸部外科医)と内科志向派(内耳関連疾患担当医など)と、そのハイブリッド型(鼻疾患担当医など)の医師がおられると思う。悪い所(病変)をすぱっと切って治すのを潔しとする外科志向派は、頭頸部癌など腫瘍性病変に力を発揮し、なかなか治らない眩暈や耳鳴を苦手とする一方で、不必要に鼻アレルギーに対して手術をしたがったりもする。私に腹診を指導してくれた千福貞博先生は、消化器外科医出身だが、切れ味の良い効き方を見せてくれる漢方に魅了されるのは内科志向派ではなく、外科志向派だという。内科志向派の先生は、いつまでも執拗に学習を繰り返し、古典を読み尽くすまで実践しないなどと躊躇するのに対し、外科志向派は効くとわかれば、即実践に活かすというのだ。2000年の歴史を有する漢方を隅から隅まで勉強していたのでは、個人の寿命が尽きてしまう。かといって、医学部生時代の国家試験はもとより、医師になってからの専門医試験対策でも勉強しなかった漢方薬を使いこなすことなどできるのであろうか?鼓膜切開術もままならず、眼振の観察にも自信がないままに市中病院へアルバイトに行ったことのある先生方が、真顔で質問してくるので笑ってしまう。習うより慣れろを実践していたはずである。まずは使ってみて欲しい。

漢方に少し精通すれば、鼻アレルギーに対して行う手術のほとんどは不要になるし、口蓋扁桃摘出術もしなくて済むようになる。究極のハイブリッド型・耳鼻咽喉科医になりたければ、漢方を知らなくてはならない。話がそれたので、もとに戻そう。

 

【風邪に漢方薬を処方するのは楽しい!】

「感冒? PLと解熱鎮痛剤だよ」「急性咽喉炎には、セフェム系抗生物質と鎮痛剤と去痰剤。トランサミンも良いかも」なんて先輩に指導されたものだ。患者が、中学生でも高齢者でも、処方は同じ。ごっついオッサンやスポーツ選手であっても、貧血気味の女性や文学少女でも同じ。今日から調子が悪い人も、一週間前から調子が悪い人も同じ。

漢方薬では、まったく違う。鼻アレルギーの権威の先生方が好んで用いる「テーラーメイド」な選択を当たり前のように行うのである。だからといって難しくない。

原則その1: 切れ味のある漢方薬は麻黄剤である。

構成生薬に、麻黄という生薬が含まれる方剤(約束処方のようなもの)のことを言う。

漢方薬にはプロ野球選手の背番号のように番号がつけられているので、付してみると、

1番・葛根湯、19番・小青竜湯、27番・麻黄湯、28番・越婢加朮湯、55番・麻杏甘石湯、95番・五虎湯(麻杏甘石湯のパワーアップバージョン)127番・麻黄附子細辛湯


■原則その2: 麻黄剤の出番は風邪の初期である。

今朝からとか、昨日からといった場合に出番がある。発熱している時はなるべくお湯に溶かして服用させ、体を温めて発汗をうながすことが基本となる。葛根湯や麻黄湯を用いることが多い。「一時、びっしょり汗をかいて、シャツを着替えてサッパリしてから眠ったら、すぐに風邪が治ったよ」という経験はよく聞かれるたかと思う。しかし、お湯に溶かして飲むのが苦手な場合や小青竜湯は酸っぱ苦くて無理という場合は、そのまま白湯か水で服用しても、オブラートに包んでも良い。子供の場合はあの龍角散から発売されているお薬飲めたねゼリーが便利である。


■原則その3
: 麻黄剤の簡単な使い分けを教えよう。

葛根湯: いつもより首から肩にかけてこわばるという場合。頭痛でも腹痛でも使える。

小青竜湯: 透明な鼻水や透明な痰を伴う咳が出るといった場合。

麻黄湯: 咳を伴う高熱の感冒。代表例がインフルエンザである。

麻黄附子細辛湯: 元気がない場合。虚弱な若者や高齢者に用いることが多い。

軽く触れるだけで脈を触知するものを浮、その反対にぐっと押さえないと脈が触れないものを沈という。葛根湯と麻黄湯の脈は浮、麻黄附子細辛湯は沈、小青竜湯は中間である。

 

症例1: 今朝から微熱があり、頭痛と寒気がする空手道部の学生・21歳男子

脈が浮、項背部にこりを訴えている → 葛根湯

PLと違って、眠気や口渇がなかったため、喜ばれる。

 

症例2: 昨日から膿性鼻汁の出る会社員38歳男性が、頭痛も訴える。

脈は浮いている。こういう場合に、小青竜湯を出すとあまり効かない。葛根湯に、鼻閉をとる辛夷と川芎という生薬が加わった2番・葛根湯加川芎辛夷と抗生物質を処方する。

2番を服用後、30分で頭痛がとれたという。

 

症例3: 風邪か花粉症かわからないという24歳OLの2月初旬の水様性鼻汁。

抗アレルギー薬だと前者には効きにくいが、小青竜湯ならどちらにしても効く。

身体の冷えが強い方の場合は麻黄附子細辛湯の方が良い。


■原則その4
: 風邪がこじれて来たら、麦門冬湯と辛夷清肺湯をまず念頭に!

麦門冬湯と辛夷清肺湯を知らないことは、鼻中隔矯正術程度の手術術式を知らないに等しい。
風邪がこじれると咳が出て来る。痰がからんだ咳の場合は五虎湯か麻杏甘石湯だが、こちらは百歩譲ってフスコデでも何とかなる。しかし、乾性咳嗽の場合は麦門冬湯で気道を潤すことが不可欠だ。この滋潤作用は西洋薬にない効能である。しかも鎮咳作用と去痰作用において優れている。他に潤し系(滋陰剤という)のものには、34番・白虎加人参湯と93番・滋陰降火湯がある。前者は口渇が強い場合(麦門冬湯は咽が乾く程度)、後者はのどがイガイガする場合に用いる。滋陰降火湯が効く患者の舌には苔がない(鏡面舌という)のが特徴的である。辛夷清肺湯は本当に抗炎症作用の強い消炎酵素剤と思えば良い。小青竜湯や麻黄附子細辛湯が水様性鼻汁に適しているのに対して、粘液性もしくは膿性鼻汁に適する。鼻水がとまらないからといって、ニポラジンやセレスタミンを使うと、鼻がカピカピになる恐れがあるが、辛夷清肺湯は消炎作用と滋潤作用の生薬がほど良く配合された優秀な約束処方である。

 

■原則その5: もっと風邪がこじれたら、柴胡剤を使いましょう。

風邪がこじれると、食欲が落ちて来る。熱があがったりさがったりを繰り返す。こういう場合には、構成生薬に柴胡という生薬が入った柴胡剤という火消し軍団から、ぴったりの精鋭を選んで用いる。柴胡剤の出番になった患者の特徴として、腹部症状を訴える、概ね消耗している、口が苦いという、舌に白い苔が厚いといったものがあるが、決定的な証拠としては、腹診における胸脇苦満がある。ところが、日本耳鼻咽喉科漢方研究会ですら、腹診することを提唱すると「セクハラだと思われないですか?」といった愚かな質問を受けるので、詳細は省略する。実は腹診をしないと大柴胡湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、小柴胡湯、柴胡桂枝湯、柴胡桂枝乾姜湯という優れものを使い分けることが永遠にできない。これは、ESSで、汎副鼻腔にするのか、蝶形洞を割愛して良いのか、前頭洞を割愛して良いのかが判断できないぐらい口惜しいことである。しかし、耳鼻咽喉科領域では、耳鳴とめまいに対しての方剤選択で致命的になる以外は害がないので、省略する。繰り返すが、腹診は日本漢方では江戸時代から改良に改良を重ねて完成された大変重要な診断方法である。

 

■原則その6: これだけ知っていれば漢方上手・柴胡剤の使い分け(以下省略)

■原則その7: かゆいところに手が届く漢方(以下省略)

 

 

 

 

 

【インフルエンザに漢方薬を処方するときの注意点はこれだけ!】

感冒でもインフルエンザでも高熱を来しているときの対処は同じである。発熱はウイルスに対する体の闘病反応のひとつであり、座薬などの解熱剤で無理に熱をさげることはその反応を妨げ、薬の効果が切れると再び発熱するだけでなく、かえって感冒を悪化させ、長びかせる。 また、解熱剤の使用でウイルス性脳炎(ライ症候群)を生じる危険性が高くなる。 熱性けいれんの既往がない限り、安易に熱をさげることは避けたい。漢方薬(多くは麻黄湯か葛根湯)を、下記の服用法を守って服用させるのが肝要である。(以下省略)


【終わりに】

こういう初級者向けの概説には、5~10処方程度を述べることが通常だが、本項では20処方ほど挙げた。感冒に罹患したら、内科よりは耳鼻咽喉科ですよと力説するには、これぐらいの漢方薬の使い分けをしてもらいたいと思ったからである。

中級になると、柴葛解肌湯や桂枝二越婢一湯や桂姜棗草黄辛附湯など、希代の名処方を何とかエキス剤の併用で代用すると、とても効果的であるといったことを含め、エキス製剤の二剤併用の極意を勉強する。さらに上級になると、傷寒と温病の違い、六病位における病気の転変、合病と併病の違いについて学ぶ。奥は深い。がっかりしないで欲しい。それだけ頼りになる医学体系であるということであり、西洋医学に長けた読者は鬼に金棒を手にするようなものということである。(以下省略)