【第76話】 上野組

 私が医師になって初めて赴任したのは大阪市平野区の長吉総合病院だったのですが、耳鼻科医は一人常勤で、日々心細い思いをしていました。ところが、大阪大学第二外科から派遣された強豪メンバーから構成される外科のドクターは大変気さくかつ寛容で、私を仲間に加えて下さり、なんと私の机は院長の許可を得て、外科の医局内に引っ越ししたのです。日々の臨床のことのみならず、いろいろと相談に乗って下さいました。
そして、今年の5月17日、実に楽しい宴席がありました。関やんこと関本貢嗣先生が発起人となり、懐かしのメンバーで22年ぶりに上野和寿外科部長を囲んだのです。当時もそうだったのですが、指定されたお店はやはりビアホールでした。

ニュートーキョー

名医として名を馳せた上野先生のスゴワザを学ぶべく、垣根を越えて、手術に参加させて頂いたことなど懐かしく思い出しました。また独特の人生観をお持ちでいろいろとアドバイスを下さいました。関本先生は当時珍しかった内視鏡手術をいち早く取り入れるなどアグレッシブを絵に描いたような勇猛果敢な先生で、私がカラオケで槙原敬之の「もう恋なんてしない」を歌おうものなら「そういうなよなよした歌を歌うな」と叱られたものです。現在は、国立病院機構・大阪医療センターの外科部長にして、大腸がん手術の権威です。そんなめちゃめちゃ偉い先生なのですが、当院の内覧会にもお越し頂き、ブログ第3話に登場して頂いています。田中規文先生は温厚で、「まぁ、ええんちゃう」という決め台詞を駆使して、いつも私を慰めて下さいました。私はこの医局で、ゴルフやカメラのことまでご指導頂いたのです。さて、話は尽きるはずもなく、二次会へ。バーボンがお好きな上野先生のことを想って、関本先生が北新地のとっておきのお店をご紹介下さいました。

上野先生田中先生

関本先生マスター十年

ストック700本を抱えるバーボンウイスキーの専門店、レアなものを薦めるお店の人に対して、上野先生が「いや、わし、普通のんでいいわ」とおっしゃったのがすごく印象的でした。相手のペースや雰囲気に呑まれない感じがなんとも言えません。このチーム全体が醸し出す感じまで懐かしく、嬉しくなった私はついつい飲みすぎました(笑)。
それから、数日後、田中先生から豪華なお花が届きました。そう言えば、「え~っ、独立開業したんや。知らんかったわ。ごめんな~」とおっしゃっていました。本当に優しい先生です。

胡蝶蘭